在日アンゴラ大使館
Economy Of Angola
過去5年間、アンゴラ経済は年間18%前後の急
成長を成し遂げており、世界の中
でも有数な、活気に満ちた経済拠
点となっています

経済
過去5年間、アンゴラ経済は年間18%前後の急成長を成し遂げており、世界の中でも有数な、活気に満ちた経済拠点となっています。近年の経済成長は、特に、2003年には1日平均87万5千バレルであったの原油生産量が、2008年には190万バレルに倍増したこと及び、石油以外のセクターにおいて、年間平均19%前後の成長を遂げたことによるものです。
その一方、アンゴラ政府は、モノとサービスの供給に対する制限を撤廃し、生産投資に対する租税優遇措置を設け、民間投資新法の制定等の経済政策を採用したことにより、アンゴラ共和国は、アフリカの中でも最も成長が著しく投資条件の良い国のトップに躍り出ました。
協力関係
アンゴラ共和国と日本国の外交および協力関係は良好な関係を保っています。両国は、現在、その関係を益々強くし、親密なものとするべく努力を重ねています。
- 1976年9月 外交関係を樹立
- 2000年11月 在京アンゴラ共和国大使館開設
- 2005年 在アンゴラ日本国大使館開設
- 2007年 在アンゴラJICA代表事務所開設
- 2009年5月 ナミベ港湾改修計画調印
要人往来
日本→アンゴラ
1989年 黒柳徹子UNICEF親善大使
1994年 村上正邦参議院議員
1998年 矢野哲郎参議院議員
2000年 矢野哲郎参議院議員
2001年 矢野哲郎参議院議員
2002年 川口順子外務大臣
2002年 矢野哲郎参議院議員
2003年 矢野哲郎外務副大臣
2004年 矢野哲郎外務副大臣
2005年 日本・アフリカ連合(AU)友好議員連盟代表団
2007年 黒柳徹子UNICEF親善大使
2008年 矢野哲郎参議院議員、日本・アンゴラ友好議員連盟会長
アンゴラ→日本
1989年、1991年、1992年 ペドロ・デ・カストロ・ヴァン・ドゥーネン外務大臣(通称「ロイ」)
1993年 セレスティーノ・ディアス商業観光大臣
1995年 マルコリーノ・モコ首相
ヴェナンシオ・デ・モウラ外務大臣
アルビーナ・アシス石油大臣
カルロス・フェイジョ大臣官房書記官
1995年 ジョゼ・ディアス地質鉱山大臣
マリア・デ・ファティマ・ジャルディン漁業環境大臣
1998年 アントニオ・ピトラ・ネット行政・雇用・社会保障大臣
1999年 アントニオ・ヴァン・ドゥーネン大臣官房書記官
2001年 ジョゼ・エドゥアルド・ドス・サントス大統領
2001年 ジョルジェ・ヴァレンティン ホテル観光大臣
2001年 ジョアン・ベルナルド・デ・ミランダ外務大臣
2002年 ヴィクトリーノ・ホッシ商業大臣
2003年 ジョゼ・ペドロ・デ・モライス財務大臣
2003年 アギナルド・ジャイメ副首相
2004年 アナ・ディアス・ロウレンソ計画大臣
2005年 オズワルド・セーラ・ヴァン・ドゥーネン内務大臣
2005年 ジョアン・ベルナルド・デ・ミランダ外務大臣
2005年 フェルナンド・ダ・ピエダーデ・ディアス・ドス・サントス首相(通称「ナンド」
2007年 アンドレ・ルイス・ブランドン交通大臣
2007年 ジョアキン・ダヴィ工業大臣
2007年 ジョアン・バプティスタ・ンガンダジーナ科学技術大臣
2008年 フェルナンド・ダ・ピエダーデ・ディアス・ドス・サントス首相(通称「ナンド」)
2009年 マリア・カンディダ・テイシェイラ科学技術大臣
その他往来
2007年 日本経団連アンゴラ経済調査ミッション(日本官民セクターから総勢50名参加)訪ア
2008年 マヌエル・アルナウド・カラードENDIAMA社 (国営ダイヤモンド公社)総裁訪日
日本の政府開発援助 (ODA)
- ジョシナ・マシェル病院整備計画
- ルアンダ市電話網整備計画
- ナミベ港湾改修計画
- 飲料水給水事業
- 地雷除去プログラム支援
- ルアンダ県及びベンゲラ県小学校建設計画
- 中等理数科教育強化計画 (SMASSE)
経済指数
実績
推移予測
